「それを行ったところで違法でもないし
 誰かに迷惑をかけている訳でもないけど
 俺はやらない」

皆様は美学をお持ちでしょうか。
美学とだけ言われてもピンと来ないかも知れません。

「はじめて食べるラーメンは
 胡椒とか振らずにまずはそのまま食べてみる。
 お店の人が一番だと思う状態で出してくれているんだから」

「マヨネーズは大抵「マヨネーズ味」になっちゃうから
 あんまり使わないようにしてる。
 大量にマヨネーズ使うくらいなら
 マヨネーズだけ食べてろって話だからね」

「人に招待された時は
 手土産を持っていくようにしてる。
 せっかく無料で招待してくれているんだから
 せめて何かで返さないと悪いから……」




そしてそのあとに「それが俺の美学」で締めくくる。
これが美学……でも、ないかも(笑)
上記の物は美学というよりかは
「自分で自分に課した”自分ルール”」かもしれませんね。

美学と自分ルールはよく似てると思いますが、
自分ルールの場合、
結構時と場合によってルール違反をしても
そこまでお咎めが無い、というか。
「夜10時以降は何も食べないようにするぞ」
→「食べてしまった…。まあ明日ちょっと運動すればいいだろ」
ってな感じでペナルティや罰則、
新たな努力目標が増える程度で。

しかし美学というのは違うと思います。
美学は更に厳格な自分ルールで
その美学を破った際には
自分の今までの人生が否定されるような。
「あ、俺終わったな」と
虚無感が生まれたり
漠然とながらショックを感じたり。
そんな自分ルールの中で
特に重いものが美学だと思います。

しかし美学というのはアクマで自分ルールなので
他人からはなかなか理解されないものもあるし
発表したところで仕方のないものばかりだったりします。
それなのに理不尽なことに、
自分の美学に反している他人に
腹が立ったり認められなかったりするものです(笑)
それほど自分の中で重いルールなのです。

そして一番大切なことは
美学を話して、それが完全に正しいというのは
大体の場合「成功者の美学」です。
成功していない者の美学でも素晴らしいものはありますが
 成功していない他人の美学に共感して
自分も守って、それで何のメリットがあるのか。

成功者の名言という本はやたらたくさんコンビニで見ますが
あれも成功しているから説得力があるわけでして。
もし全く成功していないし
その人の関係者しかその人を知らないという人の
名言を並べた時、
「おもしろさ」はあっても
「そうか。よーしおれも」とはならないかと思います(笑)

実は僕も最近判明したのですが
どうやら「美学」を持っているようです。
しかし、僕は成功者ではありませんので
納得・共感頂けたら嬉しい限りですが
しかし感銘を受けて真似をされては困ります(笑)
先にも言いましたが、
僕の美学は、厳格な僕ルールであるだけです。
他の人からは足を引っ張るだけの枷になりかねませんので
決して真似をせずにお願いします。

僕は「臆病者」「チキン野郎」と言われればそれまでですが
大分寛容的なところがあります。
ムカッとしてもその人に悪意が無ければ
カミナリを落としたりということもありません。
ほとんど胸の内に秘めて見逃したりします。

しかし胸の内に納めておくだけにしても
根に持ったりもしません。
ほとんどの場合、感じた怒りは
少しの時間経過だけで忘れてしまいます。
一週間後くらいに
「あれー……先週なんかめっちゃ怒ってたけどなんだっけ」
とすっかり忘れちゃうくらい「怒」という感情に興味はないです。

しかし、そんな僕でも
全く制御できない程の怒りが湧くことがあります。
それが「お笑い」に関することです。

と、言っても人を笑わせるというのはとっても難しいこと。
それは痛いほど知っているので
「つまらない人に怒りがわく」ということではありません。

「笑いを取りに行っている人が
 笑って頂く方に敬意がない」

という時、僕はギアを急にトップにいれて怒ります。
この時ばかりは僕も一触即発状態です。

この場合の「敬意」というのは言うならば
「無礼」とかそういうことではありません。
例えば年配の方に「おいジジイ/ババア」と絡むのも
笑いが起きて、言われた側も
さほど傷つかず笑っちゃっているのなら
全然アリだと思っています。
(あれはあれで言う方も勇気がいるのです(笑))
無礼な行為ですがこの絡みは愛があり、敬意があるのです。

では敬意が無いお笑いというのはどういうことかというと
「これなら笑うだろ」と浅はかに笑いを仕掛けるパターンです。
通常お笑いを仕掛ける場合、作られたコントや漫才ではない
アドリブのフリートークですら計算が入ります。

たとえば面白い言葉が浮かんだとして、
その浮かんだ言葉に対して
・これを言ったらどれくらい面白いか
・これを言ったらこれくらい笑いが来るだろう
・これは倫理的に言ったらダメだなという判断
などを、瞬時に計算します。
この計算は「笑いの天才」と言われる人ほど速いです。
テレビに出ているようなトップのお笑い芸人の方は
感覚的にやっている方(いわゆる天然タイプ)以外は
常に目まぐるしく計算をしています。

計算をしないでさっと答えだけ出てくるのは
超天才お笑い芸人で僕は
昔のダウンタウンの松本さんがそのタイプだと思います。
(昔の、とつけたのは最近あまり見ていないので……
 申し訳ありません。
 多分今も変わらず超天才だと思います)
なので極稀に計算しなくても面白い事が言える人がいます。

そして超が付かない「天才」芸人ですら
この計算は少なからずやっています。
まあテレビは制約が多いので当たり前といえば当たり前です。

ところで今思いついたのですが
この計算は図式にすると以下のようになると思います。

取れる笑いの大きさ = 思いついた言葉(A)で取れる笑い + 計算(B)

計算図式の中に計算という言葉を出して
ややこしくなっていますがご了承ください(笑)
この計算(B)というのは先程言った
この言葉を言って起こる様々な結果の項目の足し算、例えば

・この言葉を言った際に誰か傷つくか(傷つく人分だけマイナス)
・この言葉を言う場の空気(プレッシャーがある際はマイナス)
・下ネタ(喜ぶ人-引く人を足す)
・絶対に言ってはいけない事(これがある時点でボツ)
・言い方を変えて笑いが起こる場合は変えてプラス

などでこの時点ですでに目まぐるしい計算が行われています。
+(B)ですのでBを足すことになりますが、
当然(B)内の計算によっては

取れる笑い=A+(B(計算結果、笑いより引かれる可能性が高い))
取れる笑い=A+(B(-))
取れる笑い=A+(-B)
取れる笑い=A-B

になる場合があります。

そして図式にまで表し難しく解説していますが
こんな計算式なんか考えず
面白い人は結構無意識にやっています。
(超天才は除く)

そして真剣に笑いを取ることを普段していない人ほど
この計算をしていない、
もしくは図式の中の(B)の計算が甘いです。

他人で笑いを取る”いじり”という行為がありますけども
僕はそのいじる側に愛や敬意があれば問題ないと思ってますが
”いじめ”につながっている”いじり”をやっている人は
ハナっから計算していないか
図式(B)の中にある項目

・これを言われた側は傷つかないか→Yesの場合は大マイナス

を無視しています。
たとえ10人が笑っていても
誰か1人が思い悩むほど深く傷ついてしまう笑いは
笑いではないと僕は思っています。
なので誰かをイジる笑い、特に個人攻撃の場合は
とにかく気を使って頂きたいです。
特に”イジリ”は安易で笑いも取りやすいので
計算も疎かになりがちです。

以前、2chまとめサイトで
「大阪の人はオイシくさせるためにイジリを行うが、
 同じことを東京でやったら引かれた」
みたいなことを誰か言ってましたが
まさに計算(B)の
「これを言って相手が傷つくか」というのを
考えていない証拠です。
それは県民性ではないかと思われるかも知れませんが
そもそも「きっしょ(キモい)」と言われて
「いじられてる俺オイシイ」と
どんな形であれスポットライトを浴びれて喜ぶ
大阪の人が異常です(笑)
普通は凹みます。
「いままではこうだったからこうだろ」という
安易な考えが招いた計算ミスだと思います。
しかも大阪の人はノリが良いので
計算(B)には
・今周りは大阪の人が多い場合大きくプラス
・周りはノリが良い人が多い場合はプラス
というのがあります。
これは大阪の人は知らず知らず
計算に入れてしまっているので注意しましょう。

さて、
知らず知らずのうちに笑いの計算図式を
考案する場になってしまっていますが(笑)
要はこの計算をしない/上手く出来ない
で、笑いを取りに行って失敗する
”プロの方””プロ志望の方”が
本当に腹たちます(笑)
プロの方、プロ志望の方というのがミソです。
別にそうでない方(話術を職業にしようとしてない方)には
別に全然腹立ちません。
普段はそういう計算をする機会も訓練もないでしょうし
そうならば出来なくても当たり前です。

でも話術……お笑い芸人に関わらず
特にこれと言った特技も無い芸能人や
「俺面白い」と思い込んで話をする人で
計算をしていない、
計算があまりにも安易過ぎる人は
本当に大嫌いです。

この計算があまりにも安易過ぎる人というのは
「計算をしたにしたんだけど笑いが取れなかった…」
という人は含みません。
僕も人から笑いを頂くということが
いかに難しいか身にしみて理解していますので
割りかし同情的です(笑)

しかし安易過ぎるというのはどういうことか。
それは
「まあ笑ってくれるだろ」と安易にネタをする人です。
観る側をなめくさっている輩です。
本当にその観る側をバカにしている感じ、
恥を知ってほしいです。
笑いを真剣に考えてやっている人にも失礼過ぎます。

もしろくに計算をしないで「まあこれなら笑いが取れるだろ」で
笑いが取れている人は天才の部類なので
心配しないでこれからも続けてください。

ただし身内(常連、ファン)しか笑ってないはこれも恥です。
その場合は考えを改めましょう。

僕もかつて、ニコニコ生放送などでネタをやる際は
「常連の方は笑ってくれて当たり前、
 初見の方をいかに笑わせるか」を第一にやってました。
もちろんいままで僕を見て下さってくれている方々に
感謝の気持ちを込めてネタをやることもあります。
しかし、その場合、笑いのハードルはかなり下げてくれます。
「やっちの放送は面白いから」とはじめから
笑って下さる心構えで来てくれださるので
そういう方々は気軽に
ちょっとしたことでも笑ってくださいます。
問題は僕のことを知らない人が笑ってくれるか、で。
僕のことを知らない訳ですから
笑うという心構えも出来ていない訳です。
常連の方と比べると難しいです。
しかしそんな方々が笑ってくれた場合は
そのネタは間違いなく普通に面白いということです。

ニコニコなどで観るのが
少数の常連様に囲われてちやほやされ
お笑いのネタが非常に安易になっている生主の方々。
囲いはファンなので笑わせることはいとも簡単です。
そして人間は向上心を忘れると
どんどんレベルが下がっていく生き物です。
ぬるま湯に浸かるのは良いですが
いつのまにかトークのレベルがダメダメになってる場合があります。
是非囲いをお持ちの方は気をつけてください。
なお囲いの方が300人~400人以上いるのであれば
トークレベルが低くても問題はありません。
これからも良い支援者とお暮らしください。
しかし囲いの方がそれ以下で
初見じゃなく囲いの方しか笑ってないネタは
全く面白くないネタの可能性があり
あなたのトークレベルが下がっている可能性もあるので
何卒ご注意ください。





さぁ中置きが非常に長くなりましたが(笑)
僕の美学は
「観ている人をなめないで笑いを取る」です。
なめないというのは敬意を持つということもありますし、
「観ている人はバカだからこれで笑うだろ」なんて
ことも考えないようにしています。
常に最善を尽くします。

僕は”プロ”でも”プロを志す人”でもありません。
なんでそんな美学を持つのか
不思議に思われるかも知れませんが
美学ってそういうもんです(笑)

ただしつまらなかったらごめんなさい。。。
それは皆様をなめている訳ではなく、
純粋に僕がつまらないだけです(笑)
計算はめちゃくちゃしています!

そんな僕、
やっちで楽しんで頂ければ幸いです。
楽しむところがあれば、ですが……。

他にも美学はあるのですが
ちょっと長くなってしまったので
本日はこの辺りで(笑)